木村真三氏が宮城県南部に

「ヒロシマの黒い太陽」
(90分 2011年 共同制作 カミ プロダクション、アートライン・フィルム、フランステレビジョン 国際共同制作・NHK、ベルギー国営テレビ、スイス国営テレビ)
監督の、渡辺謙一さんから”宮城県南部の会のサイトをみてその活動内容に興味をもちました”と電話があったのは2012年4月13日。
フランス在住のドキュメンタリー作家の渡辺謙一さんが宮城県南部で放射能の問題に取り組む人と木村真三さんを結ぶことに意味があるのではないかと考え、福島県や宮城県の撮影の中に今日(2012年7月7日)の出会いを用意してくれました。フランスからの撮影班ふたりとともに宮城県南部を訪れました。

木村真三さんは当サイトをご覧の皆様にはあえて説明するまでもないでしょうが
「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月」
(放送日時:2011年5月15日(日)22:00~23:30(90分) NHK教育テレビ)
で東電の原発事故による高濃度汚染地域があることを初めて公にしたことで知られている方です。氏が明らかにした現実は、それまで報道されることが全く無く、該当地域の方々にもその現実が知らされることは無く、木村氏によって初めて現実を知ることができました。

木村さんは、宮城県南部の事も気になっていた。だけど生半可に関わるという事は自分には出来ない。だからまず福島の事をやろうと思ってやってきた。今回、渡辺さんのおかげで気になっていた宮城県南部の皆さんと出会うことができた。今日来た、と言うことは適当にお茶を濁して終わりになんか出来ない。これからも付き合っていくということです。と話されました。(NHKの番組で木村さんが出会った人たちとの交流も今だに続いていて昨日もホールボディーカウンターでの計測をしていたそうです)

26年前のチェルノブイリ原発事故から関心を持ち続け、今ではウクライナと日本を半々くらいに行き来し、原発事故から全く休みなく働いている氏は今日も昨夜からの大雨の中、朝から夕方まで、お付き合いいただき宮城県南部で暮らす私達の不安や切実な質問に誠実に応え続けてくださいました。

木村さんはチェルノブイリでも放射線による実際の被害が半分、あとの半分は放射能による諸々の精神的な問題だった、と言います。科学的事実だけが科学ではない。私も事故の後に考え、自分も変わった。科学と事実の両方が大事。心のダメージも放射能の問題だ、と。
13年前からチェルノブイリにも関わり活動してきた氏の言葉は、原発事故後に現れた多くの自称「専門家」「科学者」の言葉と違うように感じたのは、放射能の科学的事実だけを語り、放射能の問題に不安を感じる人間の心には全く関心を払わないどころか、馬鹿にするような「科学者」との態度とは全く違っていたからだと感じました。

「俺はやりっぱなしにはしない」という言葉通り、宮城県南部の皆さんのために話しをしに来てくれる事を約束してくれました。大きな会場ではなくてきちんと顔を見たやり取りができる会が大切と話されました。そんな会を木村さんは「辻説法」と呼んでいましたが、お互いの顔を見合っている間でしか語れない言葉、事実があるのだと思いました。今日話しをしていただいた事も、空間を共有している人間には、歯に衣を着せない単刀直入でとてもわかりやすい話であっても、インターネットに前後の脈絡無しに掲載することは誤解を生むだけかもしれないので、有益な話をたくさんしていただいたのですが、掲載しないことにします。
いつか多忙な木村さんに時間を作っていただいて辻説法を開けることになった時には、こちらでお知らせします。時間はなかなかとれない。だけどその時には、ダブルヘッダーでもトリプルヘッダーでも引き受けるからと話されていましたから。(ありがとうございます)

※今回はドキュメンタリーの撮影がメインだったため、一般に広く告知することはできませんでしたが、次回、木村さんが宮城県南部に来ていただく機会を得た際には広く皆様にお知らせしたいと思います。その際には当サイトにも掲載します。

今日一日を朝から夕方まで一緒に過ごす機会に恵まれて印象に残った(書いても大丈夫と思われる)言葉と写真を並べておきます。

  • 行政を超えて地域の人々で結びついて行動していくことが大切。それでしか変えられない。
  • 生体半減期がセシウムは大人で90〜100日と言われているが、実際にホールボディーカウンターで計ると代謝速度は人によって違う。代謝速度が違えば”数値”の意味が変わってくる。
  • 汚染マップ作成は重要。行政と闘う時にも。汚染は移動する、経年で変化する汚染状況もマップにしていく事が大切。マップの作成は雪解けの後に1回、梅雨明けに1回やるのが望ましい。
  • 原発事故前にはもちろん、あってはならないものだったが原発事故後は放射能と共存せざるを得ない。その道を探ることも必要
  • 農業用水は取水の前にリザーバータンク(溜め池)を作りその上澄みを農業用水に利用することが考えられる。そして、1年に1回リザーバータンクを除染する。
  • 天然であろうと人工であろうと放射線被曝があるのは一緒。
  • 放射線の影響による、脳卒中、心疾患を調べると、放射能が血管を弱くする可能性があるかもしれない。(調査、研究中)


丸森筆甫にて。空間線量の測定でばらつきが大きいという疑問に「紙をください!」といって説明図を書き始める木村氏


放射線源からの距離の2乗に比例して線量は低くなる。これは放射性物質が「ある」時の一般的な考え。


ただし山も田んぼも川も汚染された場合、点では考えられない。面線源として考えるべき。そこでは(光の乱反射のような)錯乱線も拾ってしまうため線量の測定値が高めに出る。


話し合いの会場にあった、筆甫が地域で購入し食品の放射線値を測定する機械とバックグラウンドの遮蔽を見せてもらう。(吉澤さんありがとう)


昼食後、一息つく(左から)ひっぽ森林のレストランの方、フランスの撮影クルー、木村真三氏、渡辺謙一氏、フランスの撮影カメラマン


角田市の阿武隈川河川に移動。地元民は当然のように長靴を用意していたが革靴の木村氏も当たり前のように来て見て話をしてくれる。(大雨のためみんなの線量計で実際に計測する事は中止)


みんなの放射線測定室”てとてと”の三田さんと。フランスの撮影クルーは大雨で上から下までびしょ濡れになりながらも当たり前のように、黙々と撮影を続けていた。


大雨の中、いつまでも皆の質問に応え続ける木村氏。服も靴も濡れながらの大雨の中の撮影ですら「こんなレアなケースで撮影できるんだからすごいですよ、皆さん」とにこやかに。ポジティブです。


みんなの放射線測定室”てとてと”へ移動。スタッフと話をする木村氏。


てとてと隣の公民館に移動して、宮城県南部で放射能の問題に取り組んでいる市民、子を持つ母親の質問に応える木村さん。


大雨の中で見かねた人が差し出す傘を「大丈夫」と制しながら撮影していたふたり。


木村さん、渡辺さん、撮影スタッフの皆さん、集っていただいた皆さん、どうもありがとうございました。

最後にお願いです。
事故当時の空気の汚染度合い、空間線量を研究するために原発事故当時のままで洗ったりしていない「服」があったら、是非、提供して欲しいと言う事でした。そこに当時の汚染された空気の環境が残されていて、線量のデータがないところでも今から当時を類推することが出来るかもしれない。それを研究に活かしたいそうです。(もちろん洗濯などして綺麗にしないで”そのまま”で)もしありましたら管理人までメールでお知らせください。

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